忘年会って言葉が嫌いで、新年会が好き

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なぜ忘年会と言う?

「忘年会」って言葉が嫌いだ。

飲み会は好き。年末の飲み会も好き。しかし、なぜ忘年会と言うのだろう。なぜ年を忘れる会というネーミングなのだろう。辞書で忘年会の意味を調べると「その年の苦労を忘れるために年末に催す宴会。」とある。苦労もあったかもしれないけれど楽しいこともあったはずで、苦労したことも学びがあり次に活かした方がいいのに、なぜ苦労にフォーカスして苦労を忘れる「忘年会」というネーミングなのだろう。

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忘年会って言葉が嫌い

しかし、年末の飲み会を忘年会と言うのはすごく日本らしい。仕事はセクハラや過労で大変なのに限界になるまで頑張ったり、結婚は不倫に発展するほど不満があるのに我慢し続けたり、そもそも未来に希望を持ちにくい御時世であったり、それでも努力と継続を美徳とする日本らしい。今年不満があっても耐えて忘れて来年も同じような1年を繰り返し続けようという、否、今年の悪いことは全て忘れてなかったことにして来年も同じように続けなさいという上の立場の人間からの命令のようなのが日本らしい。ぼくは好奇心があってなんでも積極的に挑戦する反面で、気に入らないものはすぐ辞めたり、好きなことでも努力と継続が苦手で複数のことをし1つ1つが中途半端になってしまったり、しかし、やったことから反省して学び次のレベルアップにしっかり繋げているし、根拠ない自信に満ち溢れていたりする。この思考を以後後者とする。それが忘年会というネーミングをする思考とは真逆だからこの言葉が嫌いなのかもしれない。もちろん、忘れたいことだってあるし忘れなきゃやってられないこともこの世にはある。努力と継続が大切でそれを怠れば浮いた人間や浅い人間になり兼ねないこともわかる。しかし、ホリエモンさんは「多動力」という本を書き、キングコング西野さんは肩書きにこだわることに警笛を鳴らし、伊能忠敬は実業家として大成功を収めて49歳で隠居したが50歳でやりたいことをやることにして日本地図の作成をして偉人になり、70%の老人は人生で最も後悔していることを「チャレンジしなかったこと」だと言っている。身体は1つしかなくて時間は1日24時間しかないから多くに挑戦したらそりゃすぐ諦めて辞めるものも中には出てくるし効率重視して努力を避ける事が懸命だったりして、はたから見たら落ち着きがなく失敗も多いけれど、成功も満足も多くなる。前者の考えと後者の考えはどちらが正しいではなくどちらも正しいと思うけれど、前者の思考が強くて自殺者まで多くいる日本では、後者の思考を押した方が良いだろう。そしてその上で忘年会という言葉がやっぱり嫌いだ。

新年会が好き

ところで忘年会という言葉は嫌いでも年末の飲み会は好きなぼくは毎年2、3回は忘年会に行くのだけれど新年会の予定がない。年末の飲み会が好きなぼくはもちろん新年の飲み会も好きで新年会という言葉も好きなのだけれど新年会の予定がない。年末に今年の反省と来年の目標を話したって正月の飯と酒と雰囲気にクールダウンして忘れてしまうのに比べて、正月が終わって動き出しの時に今年の目標を掲げるのはすごく効果がありそうなのに新年会の予定がない。思えば、忘年会は大量にあるのに新年会とは名ばかりであまり開催されない。年末は予定いっぱいあるから新年になったら飲もうかという約束話はあるけれど、新年会という趣旨とネーミングの飲み会の予定はない。皆、年末は人間らしい愚痴不満や楽しみ目標を掲げて、正月はゆったりするのに、正月が終わった瞬間に記憶と心を置いてきてロボットのように動き出してしまう。努力と継続のためになるのが忘年会だとすれば、新年会は挑戦と躍進のためになるのではないだろうか。だから新年会が好きだし新年会をしたい。しかし、新年会は少なくて新年会の予定がない。新年会がしたいのに。

「忘年会が嫌い」という所から忘年会について掘り下げたが、ここで本当に言いたいことは「新年会がしたい」だ。

新年会って良いよね。新年会したいな。新年会しましょう。

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